曖昧な総務省のガイドラインで大混乱、このままでは実質値上げの恐れ

 2016年4月5日、総務省NTTドコモソフトバンクに対し、端末購入補助を適正化するよう要請した。最近、スマートフォンの割引販売を巡るキャリアと総務省の動きが慌ただしくなってきている。「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」が適用されたばかりの状況下で、一体何が起きているのだろうか。

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●ドコモのiPhone SEの販売価格を問題視

 本連載でも何度かお伝えしてきたが、昨年2015年の安倍晋三首相による携帯電話料金値下げ発言を受け、総務省有識者によるタスクフォースを設置。料金値下げが議論されてきた。その中で、番号ポータビリティ(MNP)でキャリア間を乗り換えるユーザーに対して高額な端末を割引販売していることが、携帯電話料金の高止まりの原因になっていると指摘された。その結果を受け、総務省は「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」を取りまとめた。

 このガイドラインは4月1日から適用されており、4月5日にはさっそく総務省ガイドラインに沿って端末購入補助の適正化を図るようキャリアに要請した。その対象となったのが、NTTドコモソフトバンクだ。

 要請内容を見る限り、総務省は両キャリアの割引販売について、それぞれ異なる問題点を指摘している。NTTドコモに対しては、「当該要請に対する貴社からの報告によれば、複数台購入等の条件によってはスマートフォンの価格が数百円となるような端末購入補助が行われていると認められる」と言及している。これはNTTドコモが、アップルの最新機種「iPhone SE」などを、最も安い場合、実質648円で販売していたことが問題視されたと見られる。

 ガイドラインでは「端末の販売状況等を踏まえて在庫の端末の円滑な販売を図ることが必要な場合」と「携帯電話の通信方式の変更若しくは周波数帯の移行を伴う場合又は廉価端末の場合」に限り、「スマートフォンの価格に相当するような行き過ぎた額とならない範囲」で端末購入補助ができるとされている。今回のNTTドコモの場合、先の2つの理由以外で端末を数百円程度で販売したこと、つまり、型落ちではない最新機種を格安で販売したことが、ガイドラインの趣旨に沿わないと判断されたようだ。


通信料を値引く乗り換えキャンペーンはダメ?

 一方、ソフトバンクに対する要請内容では、「当該要請に対する貴社からの報告によれば、多くの機種においてスマートフォンの価格に相当する額以上の行き過ぎた端末購入補助が行われていると認められる」と記載されている。

 こちらは4月1日にスタートした、MNP利用者に対して、通信料が最大で3万1968円割引される「のりかえ割パワーアップキャンペーン」を問題視していると見られる。このキャンペーンは、確かに端末に対する割引はないが、通信料に割引が適用されることで、MNPで乗り換えた人が1万円の端末を購入しても、実質的に最大2万円以上の割引が受けられる仕組みになっている。

 これはガイドラインに抵触しないギリギリのラインを攻めたキャンペーンともいえる。しかし、総務省MNP利用者に対する過度な優遇を問題視していただけに、実質的な端末割引につながると捉え、要請に至ったと考えられる。

 だがソフトバンク側は、この要請に対し、同日中に「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関する総務省からの要請について」というプレスリリースを出し、2点で反論している。

 1点目は「当社割引キャンペーン等の性質」だ。ソフトバンクのMNP利用者向け割引(「のりかえ割パワーアップキャンペーン」と見られる)は端末購入を条件としておらず、あくまで通信料の割引であるため、端末購入補助とは性質が異なるという主張だ。

 そして2点目は、「競争視点および消費者視点での競合事業者との価格バランス」だ。こちらは、トップシェアの事業者(NTTドコモと想定される)の価格と比べた場合、MNP転入時の価格に相応の差がなければ、競争が減ってしまい、消費者が不利益を被るという主張だ。下位キャリアが料金で差をつけなければ、競争が働かず、不利になるというのが同社の考えのようだ。
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機種変更時の割引にも厳しい対応

 しかし正直なところ、ガイドラインには、具体的にいくらまでの割引がOKなのか、どのような形の割引手法ならいいのかといった判断基準が明記されていない。現状、総務省の“さじ加減”で要請されていることが、キャリア側を混乱させているように見える。

 例えば、NTTドコモの場合、iPhone SEの価格に関して、当初はFOMAからXi、つまりフィーチャーフォンユーザーがiPhone SEに乗り換えた場合は、最も安いケースで、実質0円で端末を販売するキャンペーンを実施していた。だが、同社は総務省ガイドライン発表を受けこれを撤回。実質648円に値上げする対応をとっていた。それにもかかわらず、今回の総務省要請では、その価格でも問題があると判断されている。

 そもそも昨年のタスクフォースにおける議論では、MNP利用者に対し、キャッシュバックなどで実質0円を下回る割引は是正が必要とされたが、実質0円での販売は認める流れとなっていた。それにもかかわらず、現在の総務省は、実質0円どころか、実質数百円でもNGと判断するなど、タスクフォースの議論の時よりも厳しい対応をとっている。

 一方で、タスクフォースでは、民間企業に割引料金に対する規制を設けるのは難しいという議論もあり、それが、ガイドラインに明確な基準が設けられていない大きな要因だ。それだけに、キャリア側も、一体どの程度までの割引販売なら許されるのかが分からず、手探りで対応を進めている状況のようだ。

 さらに言えば、同キャリア内でスマートフォンに乗り換えるユーザーへの割引に対しても、厳しい対応がとられたことも気になる。

 そもそも端末の過度な割引販売が問題視された背景には、MNPで頻繁にキャリアと端末を乗り換える人と、長期間同じキャリア、同じ端末を使い続ける人との間で不公平が生じていたことがあったはずだ。実際タスクフォースで問題視されていたのは、あくまでMNP利用者に対する過剰な優遇施策であった。

 加えて、フィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換え促進は、総務省自身が望んでいることでもある。それにもかかわらず、MNP利用時だけでなく、スマートフォンへの乗り換えや機種変更時の価格も安価にしてはいけないという総務省の対応には疑問を抱かざるを得ない。
現状のままでは実質的な値上げに

 そして、タスクフォースの議論では、端末の過度な割引を抑え、それを原資としてキャリアがより安価な料金プランを提供することで料金を引き下げることが目的となっていたはずだ。だが、肝心の料金の引き下げに関しては、総務省の対応に熱心さが感じられない。

 それを象徴しているのが、総務省の要請を受けて各キャリアが用意したライトユーザー向けの料金プランだ。いずれも高速通信容量が1GB程度で、5000円を切ることを目安に提供されている。しかし、NTTドコモが用意した「シェアパック5」は、3人以上でシェアすることではじめて5000円を切る内容で、単身者は享受できない。

 auの「データ定額1(1GB)」や、ソフトバンクの「データ定額パック・小容量(1)」は単身者でも利用できるが、これらを契約した場合、スマートフォン購入時に「毎月割」「月月割」といった端末の割引が適用されなくなるという、非常に大きなデメリットを抱えてしまう。そのため、スマートフォンを新たに購入すると、毎月の負担が他の料金プランよりかえって増えてしまう可能性があり、今後新機種を購入する予定がない人以外には、お勧めできないというのが正直なところだ。

 端末価格の上昇と安価な料金プランの提供が両立してはじめて、ユーザーは安価で公平なサービスが受けられる。総務省もそうした環境を目指していたはずだ。それにもかかわらず、総務省は実質0円の排除に熱心な一方、料金に関してはあまり実効性のないプランを認めてしまうなど矛盾する態度を示しており、疑問を抱いてしまう。

 通信の自由化を推し進めてきた総務省の立場として、民間企業の料金に直接介入することが難しいのは確かだ。だが、現在の総務省の対応を見ていると、とにかく実質0円を撲滅することありきで動いており、「木を見て森を見ず」の状況に陥っているように感じられる。このままでは、議論の基となった安倍首相の料金値下げ発言とは裏腹に、通信料が下がらないまま、端末価格が上がり続けることになる。これは実質的な値上げであり、端末メーカーや販売代理店、そして、ユーザーが悲鳴を上げることになりかねない。